僕の人生を狂わせたコミュ障を克服したら月100万稼ぐ人と考え方が同じだった話

2021年10月9日

どうも、ゆうです。

 

今回は月100万、200万稼いでいる人に
共通するある思考法について、

僕がコミュ障だった話と絡めて
解説していきます。

 

今でこそ普通に人と話せる僕ですが、
実は過去に重度のコミュ障を患っていて、

そのせいでいろいろと
悔しい思いをした過去がありました。

それこそ中学、高校、浪人、大学の途中まで
約10年近くコミュ障状態が続いたので、
かなりの影響を及ぼしたんですね。

このままではマズいということで
大学の途中で克服したのですが、

そのときに考えていたことが、
月100万、200万稼いでいる人に
共通する思考法と
まったく同じだったのです。

 

自分で試行錯誤しながら
ビジネスを頑張っているけど、
全然結果が出ない。

自分のやっていることが
本当に合っているのかわからない。

今の作業を続けていて
本当に結果が出るか確信が持てない。

こんな思いを抱えている人への
解決策となるので、
ぜひ読んでみてください。

僕が重度のコミュ障になった理由

まずはどうして僕が
コミュ障になってしまったのかを
書きたいと思います。

 

事の発端は中学1年のときに
友達だと思っていたOから
思いっきり拒絶されたことでした。

このときの僕には小学生のときから
仲が良かった男友達Hがいて、

中学生になってからも
毎日Hと遊んでいました。

 

そして、この日も遊ぼうと思って、
別クラスになっていたHに
声をかけに行きました。

するとHから、

「今日はOと遊ぶ予定があるから
Oがいいならいいよ」

という返事が。

Oは僕と同じクラスの男子で、
小学生のときに何度か遊んだことも
ありました。

中学生とはいえ、内面はまだまだ小学生。

「入れて」って言えば、
普通に混ぜてくれるだろう。

さて、今日はどんなことして遊ぼうかな!

せっかくOもいるんだし、
3人でできるやつがいいな。

あ、あれとか良さげかも!

そんなことを考えワクワクしながら
クラスに戻りOに自分も遊びに入れてくれと
言いました。

そして、Oは僕の予想通りに

「いいよ」

と言って、、、くれませんでした。

「は?来んじゃねーよ!」

それがOの返事でした。

顔面を思いっきり
殴られたような衝撃を受け、
頭が真っ白になりました。

え、どういうこと、、、?
オレの聞き間違い?

あれ?いやでもハッキリ来るんじゃねーよって
言ったよな?

え?いやちょっと待ってよ、え?

どうやって反応したらいいのか?
どんな返しをすればいいのか?

このときの僕はどうしたらいいかわからず
何も言えず固まっていました。

 

気づいたときには自分の部屋で
1人でゲームをしていました。

Oに来るなと言われてからの
記憶はありません。

Oになんて返事をしたのかも、
午後の授業をどうやって受けていたのかも、
どうやって学校から家に帰ったのかも、

全部覚えていませんでした。

 

この事件が起こってから、僕は他人に対して
異常なほど警戒心を持つようになり、
誰とも話せなくなりました。

発言しようとすると、
あのときの光景がフラッシュバックして
言葉がノドで突っかかって出てこない。

自分の体なのに思い通りに
動かないことに衝撃を受けました。

なんで、声が出ないんだ!?
え?何これ?意味わかんねーんだけど?

マジで、これどうしたらいいんだ、、、

こんな状態で会話なんてできません。

それまで何ともなかったのに、
たった1日でコミュ障に
なってしまったのです。

 

ついでに言うと、この日を境に
Hとも全く話さなくなりました。

僕がコミュ障になって
話せなくなったこともありましたし、

Hもこの件を知っていたのかわかりませんが、
話しかけて来なくなりました。

 

コミュ障に加えて、親友も失う。

なんで、こんなことに、、、
オレが一体何をしたって言うんだ!

くそったれ!全部Oのせいだ!

生まれて初めて人のことを
心の底から恨みました。

Oがあんなことを言わなきゃ
今も普通に過ごせてたのに。

オレは普通に遊びに混ぜてくれって
言っただけなのに。

何なんだよ!あいつは!

しかも、何でオレがこんなことになってるのに
あいつは平然と過ごしてんだよ!

おかしいだろ!

こんなに負の感情が出るんだってくらい
激しくOを憎みました。

 

しかし、コミュ障でそもそも人と関わるのが
怖くなっていたので、
Oに文句を言ったりもできず。

また、思春期特有のプライドもあって
誰にも相談できず、

結局、コミュ障になった痛みや苦しみを
自分1人で抱え込むしかありませんでした。

 

この事件があってから、
地獄のような日々が始まりました。

学校で話しかけられても、
まともに返事ができず、

自分から友達を遊びに誘えなくなり、

逆に遊びに誘われたときは
どもりながらありもしない予定を
でっち上げて断る。

ごめん、マジでごめん。

でも、オレなんかが行っても話せなくて
場の空気が変になるだけだから
行けないんだよ、、、

心の中で、そんな言い訳をしながら
毎回毎回、誘いを断りました。

 

また、休み時間は周りのみんなが楽しそうに
話している中、自分だけ1人で
机に座っていました。

多感な時期だったので、自分だけ孤独で
取り残されている感じがツラかったですし、

周りから浮いてる感じになっているのが
本当にイヤでした。

もしかして、あそこで話している連中は
オレのことを見て笑っているんじゃないか?

自分の知らないところで、

「あいつっていつも1人でポツンとしてて
何かキモいよねwww」

って思われてるんじゃないか?

そんな被害妄想も持つようになりました。

 

楽しいはずの休み時間が苦痛になり、
休み時間になるたびに

「早く終わってくれ…」

と思いながら時が過ぎるのを待つ。

移動教室のときは他の人とタイミングを
ズラして1人なのがバレないようにする。

そんな日々が続きました。

何で自分だけこんな思いを
しないといけないんだ、、、

マジでつまんねぇ。

もう学校いくのやめようかな、、、

周りの人は普通に友達と話して
楽しそうにしているのに、

自分だけはそれができず、
1人で苦しんでいる。

いつからか僕の中には
大きな劣等感が生まれていました。

 

そして、この状態は高校、大学と続き、
大学の途中でコミュ障を克服するまで
続きました。

高校では部活やクラスでいつも1人で、
部活の先輩からは、

「あいつは管轄外」

と言われたり、

大学では自分を変えたくて
サークルに入るもののうまく馴染めず
1年もせずに逃げるように
辞めることになりました。

友達だと思っていたやつからの一言で
10代の大半を棒に振ることに
なってしまったのです。

死ぬ気でコミュ障を克服する

大学のサークルを辞めた後に、
僕は未だかつてないほどの
危機感を感じるようになりました。

このままこのコミュ障を放置すると
本当にマズい。

コミュ障のせいで人生がぶっ壊れてしまう。

そう思った僕は本気でコミュ障を
克服することにしました。

 

幸い、大学生で時間はあったので、
その全てをコミュ障卒業に使っていきました。

その結果、半年後には
ある程度話せるようになり、

1年後には誰が相手でも
普通に話せるようになりました。

コミュ障を卒業してからは、
それまでのことがウソかのように
気楽に過ごせるようになりました。

 

それまでは常に人との
会話を恐れてビクビクしたり、

できるだけ人と話さないように
人との接触を避けていたせいで、

いつも緊張状態というか、
暗いどんよりした気分で過ごしていました。

でも、コミュ障を卒業してからは、
そんなことはなくなりました。

あぁ、人生って
こんなラクに生きられるんだなぁ、、、

てか、人と話すのって
結構、面白いんだな。

マジでこれまでの人生損してたわ。

コミュ障を克服していたら、
こういうのも知らなかったんだろなぁ。

そんなことを思えるようにもなりました。

 

その象徴的な出来事が1つあって、

コミュ障を克服してから参加した、
異業種交流会で

全員初対面の6人で集まって
話していたんですね。

で、全部で2時間くらい話して解散。

さて、帰ろうかとなったときに、
話していた中の1人に、

「君みたいな面白い人、初めて会ったわ!」

と言われたんですね。

これを言われたときに僕は心の底から、

「あぁ、オレって変われたんだなぁ」

としみじみ実感しました。

 

そして、それと同時に今までの苦労が
全部報われたような気がして、
涙が浮かんできました。

さすがに人前で泣くのは恥ずかしかったし、
いきなり泣いたら周りの人がビックリするので
全力で引っ込めましたが(笑)

ただ、この瞬間に自分は本当の意味で
コミュ障を卒業できたんだなって思えました。

数十年ぶりにOに会ってみたら・・・

コミュ障を克服して数年後。

地元の小学校の同窓会が
開かれることになりました。

予定も空いていたので参加することに。

指定された場所に行って、
久しぶりに会う地元の友達と話していました。

 

ふと何気なく辺りを見ると、
どこかで見たような姿が。

「あれって、もしかして・・・」

近くにいた友達に話しかけます。

ゆう「ねぇ、あそこにいるのってO?」
友達 「あ、そだよー」
ゆう「ふーん・・・」

僕がコミュ障になったのは
中学生のときでしたが、
実はOとは同じ小学校でした。

僕はすでにコミュ障は完全に克服していて、
コミュ障関連のことも
全然気に留めなくなっていたので、

Oと同じ小学校であることを
完全に忘れていました。

 

ここまで書いてきた通り、
僕は中学のときの出来事で
コミュ障になりました。

そして、それが中学校生活に
深刻な影響を及ぼして、
高校・大学と続いていったわけです。

特に高校なんて本当にひどかった。

コミュ障の極みみたいな
高校生活を送っていたので、
マジで楽しい思い出なんて
ほとんどなかったです。

途中で何回もOのことを
ぶん殴ってやろうと恨んでいましたし、

コミュ障を卒業した後も、
Oに対する感情はそんなに
変わっていませんでした。

貴重な10代の大半に
暗い影を落とす事件だったので、
どうしても許せる気がしなかったんです。

だから、正直会ってみてどうなるかは
自分でもわかりませんでした。

 

でも、、、

その心配は完全に杞憂でした。

というのも、十数年ぶりにOに再開して、

「あぁ、こいつには何1つ
負けることはないな」

と100%確信したからです。

 

というのも、今の僕はコミュ障を克服して
普通に人と話せるどころか、

初対面の人から

「君みたいな面白い人初めて会ったわ!」

って言われたり、大学のときの
バイト先の後輩と初めて飲みに行ったときは、

「もっと早くゆうさんと
絡んでおけば良かった!」

なんて言われたりします。

昔の僕を知らない人に、

「僕、昔コミュ障だったんですよ〜」

って言っても100%信じてもらえません。

 

実際、この日も僕は久しぶりに会った
昔の友達と普通に楽しく話したり、
2次会で飲みに行って場を盛り上げたり、
みんなでバッティングセンターに行ったり、
〆のラーメンを食べに行ったり、

まさにコミュ障だったころの
自分が欲しかった現実を
丸1日堪能しました。

 

それに対してOは、

みんなでワイワイしている中、
常にその輪から外れかけていて、
暗いオーラを出していて、
全然、話にも入ってこない。

最終的にはいつの間にか
帰っていました。

そんなOと僕の姿を比較して、正直、

「あいつ可哀想だな」

とすら感じてしまいました。

「殺意が湧いたり、衝動的に
殴りかかったりするんじゃないか?」

と考えたこともあったのですが、
全然そんなことありませんでした。

そんなことをする必要もないくらいの人間に
成り下がっていたわけです。

それどころか、

「あぁ、オレはこんなやつの
言葉に影響されていたのか」

と過去の自分に失笑するくらいでした。

こんなことを書くと、めちゃくちゃ
性格が悪いように思われるかもしれませんが、

当時の僕にとってはそれくらい恨みつらみが
こもりまくったツラい出来事だったんです。

 

ただ、一方でOには感謝の
気持ちもあったんですよね。

というのも、Oがあそこで
思いっきり拒絶したから、
今の僕があるわけです。

暴言を吐かれて、コミュ障になって、
もがいて苦しんで必死になって行動して、、、

そうやって努力をしたからこそ、
今の僕があるんですよね。

もし、あの事件がなければ
僕は傷つくことがない代わりに、

今のようなコミュ力は持っていないし、
自由な人生は過ごしていないはずです。

 

なので、ある種の怪我の功名というか、
あの暴言があったからこそ今の自分がある。

完全な結果論なんですけど、

そういう視点で見れば、
自分が変わるキッカケをくれたOに
感謝してもいいんじゃね?

って思ったりもしました。

 

また、このときの経験を通じて、

今までの自分がやってきたことや
苦労してきたことって、
間違いじゃなかったんだなって
改めて思えました。

そういう意味でもこの同窓会に行って
良かったなって思いましたね。

なぜ10年もののコミュ障を克服できたのか?

こんな感じで、僕の中でトップクラスに
トラウマだった出来事を
ほぼ完璧に克服したのですが、

そうなれた大きな理由が
コミュ障を克服したことでした。

コミュ障だったのを改善して、
平均以上のコミュ力を手に入れたから
何の前触れもなしにOと会っても、

動じることはないし、
過去を肯定できるようにもなれたわけです。

 

じゃあ、どうやってコミュ障を克服したの?
って話なのですが、

結論から言うと、会話の教材を購入して、
その通りに実践をしていったんですね。

さっきも書いたように大学3年のころに、

「このままコミュ障を放置すると
本当に人生がぶっ壊れる、、、!」

と思って死に物狂いで克服したんです。

そのとき最初にやったのが
教材を購入することだったんですね。

今のコミュ障の自分がどんなに頑張っても
うまく話せるようにはなれない。

じゃあ、すでにコミュ障を克服している人の
ノウハウを取り入れた方がいいんじゃないか?

そう考えたんです。

 

確か2万円くらいの教材だったのですが、
なけなしのバイト代から捻出して
購入しました。

あとは、その内容を頭に叩き込んで、
大学やバイト先やイベントに参加して
ひたすら実践する。

この繰り返しでコミュ障を
改善していきました。

 

その結果、1年も経たない内に
同じ大学生なら誰が相手でも余裕で
話せるようになり、

1年経つころには年上の人とも
普通に話せるようになりました。

もしこれが教材を使わなかったら
もっと時間がかかっていたか、

何年経ってもコミュ障のままだったでしょう。

もしくは失敗続きで心が折れて、
途中で行動をやめてしまっていたか。

たぶん、これが一番可能性高いですね(苦笑)

 

なので、ちゃんとお金を投資して
会話の仕方を学んで良かったなって、
今でも思っています。

何かにチャレンジするなら、
お金を払って学ぶ。

これが僕がコミュ障を克服する中で学んだ
最も大事なことです。

成功したいならお金を投資すべき

で、ちなみにこれってビジネスにも
言えることなんですよね。

ビジネスでもまずは独学でやろうとする人って
多いのですが、

素人が独学でできるほどビジネスって
カンタンじゃないんですよね。

  • ネットビジネスの基礎知識
  • マインドセット
  • 売れる戦略の立て方
  • 商品が売れる仕組み
  • 稼いでいる人が何をしているのか

そういったこと知らないままやっても
結果は出せません。

そうじゃなくて、まずは教材を買うなり、
コンサルを受けるなりして、
基本的な知識を身に付けないと
まずうまくいきません。

一旦、やり方を知ってしまえば
あとは実践するだけで
カンタンに結果が出るけど、

やり方を知らないと
どんなに頑張っても結果が出ない。

それがビジネスです。

イメージとしては独学でやっている人が
自力でああでもないこうでもないと
苦労しているのを尻目に、

裏道を使って、サクッとゴールまで
たどり着くみたいな感じですね。

 

実際、どの分野でも傑出した
結果を出している人は
みんな知識に投資しています。

たとえば、ビル・ゲイツは、
毎年、膨大な量の本を読んで、
常に知識を吸収しています。

メンタリストのDaiGoも
めちゃくちゃ論文とか読んで
知識を仕入れています。

こんな感じで成功者ほど、
常に知識を仕入れているんです。

 

そもそもビジネスを
独学でやろうとするのって、

会社の新入社員が入社直後に

「まずは自力で仕事やってみます!」

って言うのと同じなんですよね。

普通、こんなことを言う新入社員がいたら、

「できるわけないだろ」

「いいから研修受けたり、
先輩に教えてもらえって」

ってなるじゃないですか。

じゃあ、

何でビジネスになると急に、
独学とか自力でって発想になるんですか?

ってことなんです。

 

おそらく、結果が出る前に投資をして
うまく行かなかったときに損をしたくない
みたいな心理があると思うのですが、

これから自分でビジネスをやるのであれば
そのマインドは捨てないとダメですよね。

どんなビジネスでもまずは先行投資があって、
その後に利益を出していくわけです。

飲食店とかわかりやすいですよね。

  • テナントを借りて
  • 食材を仕入れて
  • テーブルとかイスを用意して
  • 広告を打って認知を広げて
  • バイトを募集して面接して雇う

こういうことに投資をして開店して、
初めて利益が出るわけです。

 

確かに今って無料で始められる
ビジネスが多いですが、

だからと言って、
無料でやるべきではないんです。

実店舗と違って何百万とか何千万とか
投資するわけじゃないですから。

初心者なら数万で十分ですし、
その投資すらもったいない
ってなってしまうなら、

絶対に結果って出ないよなって思いますし、

この数万円の投資がいずれ
何十倍、何百倍になって返ってくるのは
もうわかりきっているので、

僕はこの先もずっと知識への投資を
続けていこうと思っています。

 

これが月100万、200万稼いでいる人に
共通する思考法であり、

僕が10年近くこじらせたコミュ障を
1年足らずで完治させた秘訣です。

効果に関してはすでに
やりすぎってくらい実証されているので
ぜひ取り入れてみてください。

それだけで月収100万みたいな成功に
グッと近づくことができるので。

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Posted by yu